「最近、この部署から人事へ業務負荷について相談する人が増えているようだ」
「あのチームでは、退職を考えている社員が何人かいるらしい」
「休職者が続いている」
「管理職自身も、かなり疲れているようだ」
組織の中では、このような情報が日々行き交っています。
人事が把握していることもあれば、現場の管理職だけが知っていることもあります。
産業保健スタッフには、社員の「心身の健康」という視点から見える変化があります。
一方、経営には、売上や利益、人員、事業計画など、組織全体を見て判断しなければならない役割があります。
それぞれが異なる場所から、同じ組織を見ています。
問題は、情報がないことではなく、それぞれが持っている情報がつながっていないことなのかもしれません。
経営に届くころには「数字」になっている
経営会議では、さまざまな情報が数字として報告されます。
「今年度の退職者は○名」
「休職者は○名」
「時間外労働は平均○時間」
「エンゲージメントスコアは○点」
経営が組織全体の状態を把握し、意思決定するために、数字は欠かせません。
しかし、その数字が出来上がるまでには、一人ひとりの社員や職場で起きていた出来事があります。
例えば、「退職者3名」という数字。
その3名は、本当にそれぞれ別の理由、「一身上の都合(自己都合)」で辞めたのでしょうか。
同じ管理職の下で働いていたのかもしれません。
組織変更後に業務量が増えていたのかもしれません。
以前から人員不足が続いていた部署にいたのかもしれません。
あるいは、会社とはまったく関係のない個人的な事情だったのかもしれません。
数字だけでは、そこまでは分かりません。
数字は「何が起きたか」を教えてくれます。しかし、「なぜ起きたのか」までは教えてくれないことがあります。
人事には「点」が集まってくる
人事には、組織のさまざまな部署から情報が集まります。
社員からの相談。
管理職からの相談。
退職面談。
異動希望。
休職や復職に関する情報。
残業時間や勤怠データ。
人事評価。
一つひとつを見れば、それぞれ別の案件です。
しかし、複数の情報を並べてみると、
「最近、この部署にいる社員からの相談が多い」
「同じ管理職の下から退職者が継続して発生している」
「休職者だけでなく、異動希望者も増えている」
といった『異変』が見えてくることがあります。
第4回で、一人の休職を「点」ではなく、複数の情報をつないで「線」として見ることについてお話ししました。
人事は、その「点」が比較的集まりやすい場所の一つです。
産業保健から見える「別の点」もある
一方、産業保健スタッフには、人事とは異なるセンシティブな個人情報が集まります。
健康診断の結果。
長時間労働者への面談。
メンタルヘルスに関する相談。
休職・復職に関する面談。
体調の変化。
そして、本人が語る仕事上の困りごと。
もちろん、健康情報には守秘義務やプライバシーへの十分な配慮が必要です。
本人の同意なく、何でも人事や経営層に伝えればよいという話ではありません。
しかし、個人を特定する情報を必要以上に共有しなくても、
「ある部署で社員の健康上の問題が増えている」
「同じような仕事上の負担感を訴える社員が複数いる」
など、組織として検討すべき傾向が見えてくる場合があります。
産業保健スタッフには、社員の「心身の健康」という視点から見える変化があります。
人事とは違う場所から組織を見るからこそ、見えるものがあります。
現場にも、「現場にしか見えない情報」がある
そして、最も社員に近いところにいるのが「現場」です。
「最近、あの人の発言が減った」
「以前ならしなかったミスが増えた」
「この頃、チームの雰囲気が変わった」
「〇〇さんに仕事を頼んだときの反応が以前とは大きく違う・・・」
こうした変化は、勤怠データにも、経営会議の資料にも、まだ表れていないかもしれません。
しかし、毎日一緒に働いている人だからこそ気づけることがあります。
第3回でお話しした**「数字になる前の変化」**です。
では、誰が正しいのか?
ここで重要なのは、
「現場が正しい」
「人事が正しい」
「産業保健が正しい」
「経営層が全てを分かっていない」
という話ではありません。
それぞれが、組織の異なる部分を見ています。
経営層には経営層にしか見えないものがあります。
人事には人事にしか見えないものがあります。
現場にも、産業保健にも、それぞれの場所だからこそ見えるものがあります。
反対に言えば、「一つの立場から組織全体を見ることには限界がある」ということです。
情報を集めるだけではなく、「つなぐ」ことの重要性
組織には、すでに多くの情報があります。
勤怠データ。
人事評価。
社員面談。
ストレスチェック。
健康診断。
産業医面談。
退職理由。
従業員サーベイ。
現場から上がってくる声。
しかし、情報がたくさんあることと、組織の状態が分かることは同じではありません。
大切なのは、それぞれの情報を単独で見るのではなく、
「この数字と、この現場の変化には相関関係があるのではないか」
「この社員の問題に見えていたものは、別の社員にも起きていないか」
「複数の部署で起きていることに、共通する背景はないか」
と、情報と情報の間にある関係を考えることです。
情報を集めることから、情報をつなぎ、意味を考えることへ。
そこから初めて、組織の中で起きていることの輪郭が見えてきます。
経営と現場の間にある情報をつなぐ
問題が大きくなってから数字として経営に届く。
その前に、人事は何かを感じていた。
その前に、産業保健スタッフには別の変化が見えていた。
さらにその前に、現場では小さな違和感が生まれていた。
もし、それらの情報をもう少し早い段階でつなぐことができたら、対応できる選択肢は、増えていたのかもしれません。
当社では、経営・人事・現場・産業保健スタッフなど、それぞれの立場から見える情報をつなぎ、**「この組織で、いま何が起きているのか」**を捉えることを大切にしています。
誰か一人の問題として片づけるのでもなく、一つの数字だけで判断するのでもない。
それぞれの場所にある必要な情報をつなぎ、組織全体の文脈の中で考える。
それが、問題が大きくなる前に組織の変化に気づくための、一つの手がかりになるのではないでしょうか。