「優秀な幹部候補を採用したのに、思ったように動いてくれない」
「育成に時間をかけてきたが、自分の右腕と呼べる存在になっていない」
「権限を委譲しても、最終判断は結局自分に戻ってくる」
経営者の方からよくいただくご相談です。これまで1,000名以上の経営者・管理職と対話してきた中で、「右腕が育たない」という悩みには、ある共通する構造が見えてきました。それは多くの場合、本人の能力ではなく、経営者と幹部のあいだに起きている関係性の問題です。
「右腕がいない」と感じる経営者に共通する状況
「右腕がいない」とおっしゃる経営者にお話を伺うと、共通しているのは「幹部が自分と同じ視座で考えてくれない」という感覚です。
判断の早さ、リスクの捉え方、優先順位の付け方。経営者から見ると、どれも「もう一段上の目線で考えてほしい」と感じる場面が多くあります。一方で幹部側に話を聞くと、「経営者の判断基準が見えない」「最終的にひっくり返されるので、本気で考えるのが難しい」という声が出てくることが少なくありません。
両者の言い分は、それぞれに筋が通っています。しかし両者を並べてみると、噛み合っていない構造が浮かび上がります。
幹部が育たないのは、能力の問題か環境の問題か
右腕が育たない場面で、多くの経営者がまず疑うのは「この人物に経営的な資質があるか」という問いです。採用の選定ミスだったのか、もっと優秀な人を探すべきなのか、と。
ですが、組織心理の視点で見ると、能力の問題と環境の問題は分けて考える必要があります。同じ人物でも、置かれる関係性によって発揮できる力は大きく変わります。
たとえば、ある会社で「指示待ち」だった管理職が、転職先では自律的に動いて評価されているケース。逆に、前職で活躍していた人物が、別の会社で力を発揮できないまま終わるケース。これらは能力だけでは説明できません。経営者と幹部のあいだの関係性、組織が幹部にどう接しているか、という環境要因が大きく作用しています。
「育たない」と感じる時、まず能力を疑うのではなく、関係性の構造に目を向けてみる。そこから違う景色が見えてくることがあります。
右腕が育たない組織に共通する、3つの構造
これまでの相談の中で、「右腕が育たない」組織には、繰り返し見られる3つの構造があると思います。
一つ目は、判断基準が経営者の頭の中にしかないこと。「何を重視(優先)して決めているのか」が明文化されておらず、幹部は推測で動くしかなくなります。結果、外しては修正される経験を重ね、自分で判断することへの自信を失っていきます。
二つ目は、権限委譲が実質的には委譲になっていないこと。形式的には任せたことになっていても、最終局面で経営者が介入・判断する慣習が残っていると、幹部は「最後は社長判断」と学習します。一見、責任を持っているように見えて、心理的にはオーナーシップが育ちません。
三つ目は、経営者自身が「右腕」のイメージを持ちきれていないこと。「自分の代わりに考えてくれる人」と漠然と言われても、幹部側はどの領域で、どこまで、何を任されているのかが見えません。役割が抽象的なままだと、本人も評価軸を持てず、成長の方向が定まりません。
これら3つは独立しているように見えて、実際には連動しています。判断基準が見えないから委譲がうまくいかず、委譲が機能しないから役割が定まらない。一つの構造が他の構造を強化していきます。
右腕を育てる前に、経営者側で整えておくこと
幹部を育てる施策の前に、経営者側で整えておくと効くのが、自分の判断プロセスを言語化することです。
「自分はどんな情報を、どの順で見て、何を基準に決めているのか」を、できる範囲で言葉にしてみる。これは引き継ぎのためではなく、経営者自身が自分の判断を客観視するためのプロセスです。
判断基準が言葉になると、幹部はそれを参考に自分の判断を組み立てられるようになります。同時に、経営者の側も「いま自分は何を譲り、何を譲っていないのか」が見えてきます。
右腕は、優秀な人を見つけることでも、長い時間をかけることでもなく、経営者と幹部のあいだに「考える共通の土台」をつくっていく作業の中で育っていきます。
「育たない」と感じている時、まず動かす場所は、相手ではなく、自分と相手のあいだの構造(関係性)かもしれません。