「当社では社内共通言語として、主に英語を使います。」
グローバル化への対応や海外拠点との連携、国籍を問わない優秀な人材の採用に向けて、英語を共通言語として使うことには意味があります。
ただ、方針を決めた後、職場では誰が、どのような仕事を担うことになるでしょうか。
「英語が得意だから、この英文メールを確認して、自然な日本語に訳してもらえる?」
「海外メンバーとの英語会議に、念のため同席してほしい。」
「海外本社の説明を通訳して、現場に分かるように伝えてほしい。」
一つひとつは、小さな依頼に見えるかもしれません。
しかし、それが同じ人に重なれば、まとまった時間と負担になります。
英語を共通言語にする方針を、英語ができる一部の社員の「追加業務」で支えていないでしょうか。
たとえば、英語に堪能な、ある人事担当者の一日を考えてみます。
午前中は、海外本社から届いた資料を読み、日本の現場への影響や、対応が必要な事項を整理する。上司に相談し、各部署への連絡や調整も行う。
午後は、日本側の質問をまとめ、背景を補いながらオンライン会議で海外チームに説明する。
その後、別件の英語会議に同席し、決まったことを日本側の関係者に日本語で伝える。
その間にも、本人がもともと担当している仕事は残っています。
ところが、周囲からは「英語のやり取りを少し手伝っただけ」「英語ができるのだから当然」と見られ、通常の担当業務だけで成果を評価されるとしたら、どうでしょうか。
さらに、「自分が英語を学ばなくても、できる人に任せればよい」という考え方が職場に浸透すれば、一部の社員への負荷が恒常化するおそれもあります。
会社全体の連携を支えるほど、自分の担当業務に使える時間が減る。
それでも、締切も目標も変わらず、語学力を使って担った仕事も評価に反映されない。
本人の協力や努力、ときには「サービス残業」によって仕事が回っていれば、会社は必要な業務量を把握できないままになってしまいます。
また、このような英語対応を伴う仕事は、言葉を置き換えるだけでは済まないことがあります。
海外本社への説明には、日本の現場では言語化されていない「暗黙の了解」があり、これを海外本社に説明する必要もあるでしょう。
日本側の要望を直訳するだけでは、商慣習や文化の違いから、なぜそれが必要なのか海外のメンバーには伝わらない。
AIによる翻訳を使っても、専門的な内容や文脈について、人が確認し、修正する必要がある場合もあります。
相手が判断できるように背景を説明し、認識のずれを確かめ、関係者をつなぐ。
そこには、語学力に加えて、業務の理解や調整力が必要です。
当然、時間もエネルギーも使います。
一方で、英語が流暢であることと、どの専門分野でも通訳・翻訳ができることは、同じではありません。
内容によっては、専門部署の確認や、専門の通訳・翻訳者への依頼が必要になります。
たとえば、英文の同意書や契約書を読めることと、その内容について法的な判断ができることは別です。
英語対応を頼まれた人に、内容の正確性や判断の責任まで、曖昧なまま負わせていないかも確かめたいところです。
多国籍企業の言語に関する研究でも、言語能力、会社の言語方針、実際の言語使用は、区別して検討されています。
「共通言語を決めた」という方針だけで、職場の運用まで整ったとは言えません。
では、何から見直せばよいでしょうか。
まず、英語対応に伴って発生している仕事を把握することです。
誰が、どのような依頼に、どれくらいの時間を使っているのか。
予定された担当業務なのか、その都度の協力で成り立っているのか。
そのうえで、役割と優先順位を決める。
継続して担当してもらうなら、正式な業務として位置づけ、ほかの仕事量や目標を調整する。
担当者が不在でも対応できるよう、情報を共有し、代替できる人や外部の支援を確保する。
専門的な判断は誰が担い、英語対応者はどこまで支援するのかを明確にする。
評価にも、その仕事が反映されているかを確認する必要があります。
英語ができることへの評価だけでなく、その能力を使って、何を実現し、どのように組織に貢献したかを見る。
同時に、対応に要した時間を、本人の業務時間の一部としてきちんと計上することです。
また、他の社員が自分で英語対応できる範囲を広げる支援も必要です。
共通の用語集や資料を整え、学習機会を設ける。学んだことを業務にどう生かしたかを評価にも反映する。
こうした取り組みは、一部の人への依存を減らす手段になります。
英語を共通言語にするなら、それを支える仕事も、組織の仕事として設計する必要があります。役割・業務量・評価を整えることは、公平性や働く意欲を保つうえでも重要です。
そのために必要な体制や負担も含めて、英語の社内公用語化が自社にどのようなメリットをもたらすのかを検討する必要があると考えます。
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参考文献
Harzing, A.-W., & Pudelko, M. (2013). Language competencies, policies and practices in multinational corporations: A comprehensive review and comparison of Anglophone, Asian, Continental European and Nordic MNCs. Journal of World Business, 48(1), 87–97.
https://doi.org/10.1016/j.jwb.2012.06.011