「本人のためだった」という指導が、取り返しのつかない結果に―パワハラ続編(第20回)

「日頃から本人のためを思って、厳しく指導していた。」

その言葉を聞くとき、私は今でも忘れられない出来事を思い出します。

まだ産業保健コーディネーターとして勤務していた頃、担当していた企業で、一人の社員が自ら命を絶ちました。

その方は、上司から繰り返し企画書の書き直しを求められ、長時間、立ったまま叱責を受けていたと伺いました。
周囲も、その様子を心配していたとのことでした。

詳しい経緯のすべてを、ここで語ることはできません。
ただ、この出来事と、その後にお会いした上司の姿は、私の中に深く残っています。

この経験は、一社でも多くの企業で、生産性が高く健全な組織と、社員が働きやすい職場環境をつくることに尽力したいという思いを、強くした出来事の一つです。

その企業の人事部からの要請により、私は直接、上司の方にお話を伺いました。

その上司は、見込みのある部下だったからこそ、将来を考えて熱心に指導していた、という趣旨の説明をされました。

そして、目の前にいた上司の方は、憔悴しきっていました。

亡くなられた方とご家族が受けた取り返しのつかない喪失に、胸が痛みました。
同時に、私は、その上司の姿にも強い衝撃を受けました。

自分が「指導」と考えていた関わりの先で、部下が亡くなった。
その現実に直面した方の姿を、私は目の当たりにしたのです。

私が見聞きしたことだけで、亡くなられた方の思いや苦痛のすべてが分かるわけではありません。
また、この出来事の原因を、ここで一つに断定することもできません。

それでも、私が強く考えさせられたことがあります。

相手のためを思っていたことと、その関わり方が相手にとって適切だったことは、同じではありません。

「成長してほしい。」
「期待しているからこそ、厳しくしている。」

そうした思いがあったとしても、叱責の方法や長さ、繰り返しの程度まで正当化されるわけではありません。
指導を受ける側がどのような状態に置かれていたかも、確かめる必要があります。

厚生労働省の指針でも、パワーハラスメントに当たるかどうかは、言動の目的だけでなく、経緯や状況、言動の態様・頻度・継続性、受ける側の心身の状況などを総合的に考慮して判断するとされています。

相手を傷つける意図がなかったという説明だけで、ハラスメントに当たらないことにはなりません。

相手が黙っている。
反論せず、立ったまま話を聞いている。
謝り続けている。

その姿を、理解や納得の表れだと受け止めていないでしょうか。
「上下関係」という立場の違いから、話を終わらせることも、その場を離れることも難しいのかもしれません。

指導する側には、いったん立ち止まる判断が必要です。

今、具体的な改善点を伝えているのか。
同じ非難を繰り返していないか。
相手は説明を理解し、次の行動を考えられる状態にあるのか。

その確認を、自分一人の感覚に任せないことも大切です。

周囲が心配するほどの場面があれば、誰がそのやり取りを止めるのか。
上司と部下をいったん離し、状況を確かめる役割を誰が担うのか。
人事や上位の管理職、産業保健の専門職が、必要な対応につなぐ仕組みはあるのか。

その場にいた人を後から責めるためではなく、次に同じ兆候を見たとき、組織として動けるようにするための問いです。

叱責した上司が深く苦しんでいたことは、亡くなられた方の苦痛や、行為への責任を小さくするものではありません。
それでも、その姿を見た私には、取り返しのつかない結果になる前に、関わり方を見直す機会を持てなかったのかという思いが、今も残っています。

前回、指導の目的は、必要な改善を実現することだと書きました。
そのためには、指導する側の熱意に加えて、相手の状態と、実際に起きていることを確かめ続ける必要があります。

「本人のためだった」と振り返る前に、「今の関わりは本当に適切か」と立ち止まる。指導する本人が気づけない場合にも、周囲が安心して懸念を伝え、必要な介入につなげられる仕組みが欠かせません。その重要性を、私は強く伝えたいと思います。

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参考資料
厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)
厚生労働省掲載ページ

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