「当社は、人を大切にする会社です。」
採用の場や経営理念の中で、そう伝えている会社はあるでしょう。
では、その言葉は、社員が毎日経験する仕事の中に、どのように表れているでしょうか。
相談したときの上司の対応。
仕事を任せるときの判断。
努力や成果を評価する基準。
社員は、理念を聞くだけでなく、こうした日々の出来事を通して、自分がどう扱われているかを受け止めています。
「人を大切にする」という理念は、制度や運用に落ちて初めて意味を持ちます。
たとえば、ある職場を考えてみましょう。
会社は「協力し合うことが大切だ」と伝えている。
ところが、評価されるのは個人の売上だけで、後輩の指導や同僚の支援は、ほとんど評価の対象にならない。
すると、周囲を支える人ほど、自分の仕事に使える時間が減ります。
会社のために必要な役割を担っているのに、評価では不利になる。
これでは、協力を求める言葉と、協力した人への扱いが食い違ってしまいます。
あるいは、「無理をしないで、早めに相談してほしい」と伝えている職場で、残業が恒常化している過剰な業務量を相談したとします。
それでも、仕事の優先順位も、担当する範囲も変わらない。
「大変なのは分かる。でも、今はみんな忙しいから」と言われて終わる。
上司は、励ましたつもりだったかもしれません。
しかし、何度も相談した社員には、「話しても状況は変わらない」という経験が残る可能性があります。
素晴らしい理念があっても、それに沿って行動した人がほとんど評価されず、むしろ不利益を受ける。
相談窓口があっても、相談後にどう対応してもらえるのか分からない。
こうした食い違いを放置したままでは、理念への信頼を保つことは難しくなります。
経営学では、管理職の言葉と行動が一致していると受け止められることを、「行動の一貫性(Behavioral Integrity)」という観点から捉える議論があります。掲げている価値観と実際の行動が一致しているかは、経営者自身が確認したい点です。
もっとも、人を大切にすることは、すべての要望を受け入れることではありません。
会社には、事業を続ける責任があり、予算や人員にも制約があります。厳しい判断が必要になることもあります。
そのときに、何を基準に判断したのか。
一部の社員の過重労働を、当然の前提として会社を運営していないか。
社員の提案や申し出を断る場合にも、理由を説明し、ほかに取れる方法を検討しているか。
制約のある中で、どのように人を扱うか。
そこにも、理念は表れます。
理念と現実の食い違いを見つけたとき、大掛かりな制度改定から始める必要はありません。
まず、一つの場面を確かめることができます。
「人を育てる」と言うなら、教える時間を業務として確保しているか。
「協力を大切にする」と言うなら、周囲を支える仕事を評価しているか。
「相談してほしい」と言うなら、相談を受けた後に、誰が何を実行しているのか。
評価項目を一つ見直す。
業務の優先順位を決め直す。
管理職だけでは動かせない問題には、経営層が介入し、解決に向けて動く。
理念を実現するために必要なのは、こうした具体的な判断と行動の積み重ねです。
御社の「人を大切にする」は、社員が経験するどの場面に表れているでしょうか。
その問いを、制度と日々の運用を見直す入口にしてみてはいかがでしょうか。
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参考文献
Simons, T. (2002). Behavioral integrity: The perceived alignment between managers’ words and deeds as a research focus. Organization Science, 13(1), 18–35.
https://doi.org/10.1287/orsc.13.1.18.543